Q. サインボールの現状を把握することにどんな意味があるでしょうか。
A. これからの保存方針が定まると共に、次回以降の改善点を見つけることができます。
前回に続き、サインボールの現状把握に関するお話をしたいと思います。
今回はサインボールの「滲み」についてです。
「滲み」はどうしようもない
今回例として取り上げるサインボールは以下の2つです。
最初に左側のボールについて説明します。
サインボールを保持されている方ならば、知らず知らずのうちにサインが滲んでいたという経験があるのではないでしょうか。
私もいくつも経験しています。
この滲みの仕組みについて明確に説明しているものはほぼないのですが、前回も引用したアメリカ図書館協会(ALA)は「革の繊維質間にインクが広がっていくことにより生じる現象」と説明しています。
滲むメカニズム(推測)
「革の繊維質間にインクが広がっていくこと」とは何なのか。
もう少しサインボールのサインが滲む仕組みを詳しくみていきましょう。
※なお、これは私が調べた結果の推論なので、誤謬があればご指摘ください。
革製品に使用されている「皮」(なめし加工前を「皮」、なめし後を「革」といいます)は以下のような構造になっています。
鞣し(なめし)加工により「表皮」と「皮下組織」を取り去り、「真皮」部分のみ「革」として使用します。
そしてこの真皮は繊維質でできているのですが、ここがポイントになります。
つまり、ざっくりした構造でいえば、革は動物の繊維でできており、「紙が木材の繊維でできている」のと類似していると言えます。
紙の拡大画像
しかし、紙(西洋紙)はただ繊維質を纏めても書けるものにはなりません。
繊維の隙間をインクが透過し過ぎてしまい、「滲む」という現象が起きるからです。
そこで西洋紙は製紙過程において「滲み止め加工」をします。これにより紙にインクが過度に浸透することを防いでいるというわけです。
勘の良い方は既にお気付きでしょうが、この滲み止め加工の有無がボールと紙との違いです。
多くのボールには滲み止め加工はなされていません。
なぜならば野球の道具としての機能に「滲み止め」は不要だからです。
そのため、ALAが指摘しているように、徐々にではあるもののインクが革の繊維間に広がっていき、「滲み」が発生すると考えられます。
我々は次にはどうすれば良いか
サインボールが滲む仕組みは推測できました。
ではこれを元に我々はどうすべきでしょうか。
まず私が1番にお願いしたいのは、
インクが滲んだからといって保存方法が悪かったと後悔しないでください。
また、他の人のコレクションで滲んでいるサインボールがあっても、根拠なく「保存方法が悪いのではないか」と指摘することも避けてください。
これは現状ではどうしようもない作用で、滲むか滲まないかは運任せといって良いでしょう。
ALAでも「経年に伴う避けられない劣化」と結論付けています。
滲みを最小限にできる可能性としては極低温での保管によりインクの流動性を下げることも考えられなくはないですが、他の影響がわからないので滲みよりより大きな弊害を生む惧れがあります。
我々にできることは、サインを得る時に上記のような特性を踏まえてツールを選ぶことです。
ボールではなく中性紙にサインを貰うことを選ぶとか、インクを選ぶとかです。
または全てのサインボールが滲んでいるわけではないので、リスクを承知の上でボールにサインを貰う(またはサインボールを入手する)ことも選択肢の一つでしょう。
別の理由による滲みについて
先に掲げた滲みサインボール2個の右側については、上記とはまた別の原因により滲んでいるように思われます。
本稿で一緒に説明するつもりでしたが、長文になってしまったのでこれについては次回にご説明します。
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