偽造ジャージーをめぐる奇妙な食い違い
年末、アメリカ合衆国税関・国境警備局(CBP)がフィリピンから持ち込まれたMLB・NFLの無許可ジャージー約200着を押収したという報道がありました。
これらの中には選手のサインが書かれたジャージーも少なからずあるといい、これらにはJSA社やBeckett社の鑑定済みホログラムシールが貼付されていたそうです。
さて、これらのサインジャージーのうち或る選手のものについて奇妙な食い違いが報道されています。
押収物のうち、ジェイソン・ウィッテン(オークランドレイダース)の直筆サインジャージーについて、CBPはサインを偽物と判定した一方で、同選手の代理人はサインは本物であると判定したというのです。
これは『スポーツコレクターズデイリー』が報じたもので、議論の対象となったサインジャージーにはBeckett社の鑑定シールの他、ウィッテン選手自身のオーセンティックホログラムシールが貼られていました。
税関での偽物押収はしばしば報道されていますが、それらについて選手の代理人が本物であると判断した事例は寡聞にして聞いたことがなく、奇妙かつ興味を惹かれる事例となりました。
判別が難しいホログラムシール
ここでこのジャージーの争点となりうるポイントを素人なりに見ていきたいと思います。
サインはいわゆる「個人内変動」の判定が素人たる我々には難しいため、最初にみるべきは貼付されているホログラムシールでしょう。
今回貼付されているBeckett社のシールとその他の事例から引用してきた同社のシールを比べてみます。
どうでしょうか?
画像を通じての比較ではおのずと比較に限界が生じますが、私が見たところでは押収されたジャージーに貼られているBeckett社のシールに疑わしく思われる点はありませんでした。
次にウィッテン選手の認証シールの比較です。
こちらはどうでしょうか。
Beckett社のシールに比べて見慣れていない点もあり、こちらも明確な違いを見つけるのは困難に感じます。
強いて言えば、押収されたサインジャージーに貼付されているシールのほうが縦長で、かつ印刷が(シールに対して)右下がりになっているようにも見えます。
しかし明白な違いがあるという確認を持つにいたるほどではありませんでした。
このようにしてみるとウィッテン選手の代理人の判断にも理があるように思えます。
サインの「固有の特徴」はどれか
ホログラムシールの比較では「本物」であるという心証が強くなりましたが、それではCBPは何を根拠にサインも偽物であると断じたのかが不明のままです。
そのヒントを探すべく次に直筆サインを見ていきたいと思います。
素人にも合理的に怪しいと思えるような点はみつかるでしょうか。
押収されたジャージーの直筆サインと比較するため、NFL Auction(リーグが主催するオークション)に出品されたサインをはじめとしいくつかのサイン例を集めてみました。
私が気になった個所は4つあったので、以下で考えていきましょう。
まず気になったのは、Jasonの「J」のステム(縦線部分)とループ(書き終わり部分)です(画像中②③)。
押収されたジャージーの「J」のステムは直線に近いですが、比較対象の「J」のステムは全て外側への曲線を描いています。
またループも押収されたサインジャージーは「止め」、比較対象は「払い」と異なっています。
「払い」は本人でも状況により差が出やすい一方で、直線/曲線の運筆は比較的安定しているといわれているようです。
その意味ではこの「J」の形は小さいながらも1つの着眼点のように思います。
次に目についたのが、Wittenの「W」(画像中④)です。
「W」部分だけ取り出して比較してみると、NFL Auction等から引っ張ってきたサインのWは丸みを帯びており、「ω」のように見えます。
更にWの書き始めの入筆角度も
押収されたサインジャージーは左下から右上にちょっと引っ掛けてから「w」の最初の斜線に入る一方、比較対象は右上から書き始めているようです。
ウィッテン選手のサインの書き順は、
まず「J」を書き、次に
「ason」を綴り、水平線を引いた後
左下に下がり、「W」を書きます。
(参考)
この筆順をみるとWは右上から入筆するのが自然であり、実際に書いてみると、押収されたサインジャージーの「w」は意識しないと書きにくい書き方でした。
もちろんウィッテン選手がこのジャージーにだけそのように書いたという可能性もあるでしょうが、Beckett社のwitnessシールがついている場合は一度に何枚もサインすることが多いでしょうから、流れ作業のようなサインのなかでそのようなことをする合理性は考えにくいように思います。
ちなみにWittenの「tt」の頭がでるかでないか(画像中①)も特徴の1つのように思いましたが、しかし調べてみると比較画像にあるように「tt」の頭がでるものもあるため、個人内変動として扱うのが妥当と判断しました。
忍び寄るフェイク
本物であることの証明(ホログラムステッカー)がついていても、オーソリティ間で真贋に関する意見が食い違うという今回の事件は、スポーツメモラビリアの真贋論争のエッジに立つ事案のように見えます。
そして、そのような状況がコレクターのすぐ近くにまで来ていた(もしくは来ている)ということに不気味さを感じます。
身近にあることを気づかせない「偽物」に対して、私たちはどんな「予防策」をするべきか・・・コレクターとして考えさせられることが多いです。