【直筆サインを知る】T206のアメリカ社会への影響

 

Q.T206は発売当時社会からどのような評価だったのでしょうか。
A.ビジネス上は成功したものの世論からの風当たりは厳しいものでした。

 

シンプルな疑問

世界で最も有名なトレーディングカードであるT206ホーナスワグナー。
タバコのおまけだったこと(そしてワグナーが紙巻きタバコを嫌っていたこと)は有名ですが、ふとシンプルな疑問が湧きました。

「タバコのおまけということは、T206は大人向けの企画だったのだろうか?」

 

現代の常識に照らせば未成年のタバコの購入・喫煙は禁止されています。
となれば、T206は大人しか手にできないはず。

 

一方で、映画「打撃王」(原題:”The The Pride of the Yankees”)では、少年たちが野球カードを手に遊んでいるシーンが出てきます。

そんな子供達でもT206には無関心だったのか?

結論から言うと子供達はT206に熱狂しており、それはある種の社会問題にもなっていました。

では子供達はどのようにしてT206を集めたのか、そして社会にどのような影響を与えたのでしょうか。

 

 

 

当時のアメリカのタバコ社会

 

当時の既にタバコの健康被害は議論されていました。

禁酒と同等の規制が必要であるとの主張もなされており、州の過半数に当たる26〜28州にてタバコに関する州法が定められていたことからもそれは窺い知れます。

 

しかし経済活動や人々の嗜好に関わるものだからなのか、その規律レベルは一律ではなく、厳格な州法もあれば緩やかな州法もあったようです。

 

このように州毎に緩急があったタバコの規制ですが、唯一共通していたのは「未成年への販売禁止」。

つまり、アメリカの大半で子供達はタバコを購入することが禁止されていたのです。

 

 

買えないタバコカードの集め方

そのような状況下、1909年にT206がおまけとして封入されているタバコが発売されました。

娯楽の少ない当時、少年たちがT206の虜になるのにそう時間はかからなったようです。
特に人気だったのはタイ・カッブとホーナス・ワグナー。

それ以外にも憧れの選手のカードを求めて少年たちは知恵を絞っていました。

 

当時の新聞記事によると、
多くの少年たちはタバコスタンドの近くにたむろし、T206が封入されていたスウィートキャピタルなどを買うお客を待ち構えていました。
そしてお客がタバコを買うや否や、カードを貰えるまでお客を取り囲み、付き纏ったそうです。
その数の多さに道行く人は辟易していると新聞は報じています。

 

さらに多少なりともお金をもっている子供は(違法ながら)タバコを自ら購入し、カードを抜いた上で
残ったタバコを大人たちに売り捌いていたとも言われています。

 

また、カードを持っている子供同士でもカードのやりとりがありました。
「フリッピングゲーム」と呼ばれるもので、放り上げたカードが地面に着地するときに表と裏どちらを上にしているかを当てるという賭けでした。
当てた(勝った)ほうが相手のカードを手に入れるのですが、これは日本のメンコと同じ原理であり、国は違えど子供の考えることは一緒なのだなと思わせる話です。

 

 

 

避けられない影響と世論の批判

しかし、カードによって子供とタバコの距離が縮まることは、当然に子供が喫煙するリスクも高めます。
事実、子供の喫煙率が上がったようで、知識人やキリスト教関係者は「T206」とタバコの販売元である「アメリカンタバコカンパニー」を強く批判しました。

 

タバコに野球選手のカードを封入するのはやめるべきであり、そのせいで子供達(特に男の子)の喫煙数が増加している」(Times and Democrat)

野球カードをタバコとセットにするというアイディアを思いついた広告担当は、会社にとっては優れた業績を、子供達にはとてつもない害悪を残した」(Sentinel)。

 

「子供喫煙数が増えた」「会社に優れた業績を残した」ということは、野球カードによりタバコの売り上げが伸びたことを意味します。
事実、野球カードを封入してからタバコの販売免許申請が増加したそうです。

 

当時のタバコ広告がT206を全面に押し出しているのは、誰がタバコを買ってくれるのかを知っていたからでしょう。

結局、タバコの売り上げ増加を支えていたのは、広告を見て野球カードを欲しがる子供達と(違法と知りつつ)子供たちがタバコを手にすることを手助けしていた大人たちだったのではないでしょうか。

 

 

 

悪影響はエスカレート

 

T206の影響はエスカレートします。

子供達はカード欲しさにドラッグストアに忍び込み、商品であるタバコの山からカードだけを盗み出すという「犯罪」を犯すようになります。

盗みに入られた店では野球カードのほかにお菓子や砂糖飲料など子供たちが欲するようなものが盗まれていたそうです。

 

さらには悲惨な事件も起きてしまいます。

 

16歳の少年が同い年の少年と「フリッピングゲーム」に興じているうちに諍いが起き、相手の頭をジンジャーエールの瓶で殴ってしまいました。

殴られた少年は打ち所が悪かったのか、不幸にも1週間後に死亡し、殴った少年は殺人の罪で逮捕されたと新聞は報じています。

 

 

 

カードの裏表

T206は今ではHoly Grailとまで呼ばれるようになりました。

しかし、その「聖杯」の裏には、このような社会情勢が広がっていたこともまた事実です。

 

単に貴重なカードとしてだけではなく、
大人の欲望に振り回された子供たちがいたことの証拠として、
このカードを眺めてみることも必要なのかもしれません。